ユメリアコンサルティングをお薦めします!

実際にコンサルティングを受けられた同族社長さん方による「ユメリアコンサルティング株式会社 舘野愛」の評判・評価・感想などをご紹介しています。
次は、あなたが「ダイヤモンド財務」で事業永続のカギを手に入れる番です!

鈴木 孝明 社長 (福島糧穀株式会社、福島県)

福島糧穀株式会社 代表取締役 鈴木 孝明氏にユメリアコンサルティングのダイヤモンド財務®コンサルティングを導入した経緯とその効果について詳しくお聞きしました。

福島糧穀株式会社について

福島糧穀は、福島県いわき市を拠点とする、お米の卸と小売りの会社です。従業員数は20名、年商は4億円。内訳は、卸が5割、ネット販売が2割、実店舗での販売が3割です。

※この事例に記述した数字・事実はすべて、事例取材当時に発表されていた事実に基づきます。数字の一部は概数、およその数で記述しています。

 

米の卸、店頭販売、ネット販売を展開

- 福島糧穀について教えてください。

弊社は昭和17年、戦中に祖父が米の配給所として事業を始めました。戦後しばらくは米の販売、配達が主力事業でした。2代目の父の代から卸事業が本格化しました。

仕入れ先は福島の契約農家約1000戸です。ここで作った、おいしいお米を、福島県内のスーパーや東京の仲卸などに卸します。私は2017年に社長に就任しました。祖父から数えて3代目です。私の代では、特にネット販売を本格化しました。

最近、福島では「福、笑い」というブランド米の発売を始めました。このブランド名は、特定の生産基準を満たした農家だけが使えます。弊社の契約農家でも「福、笑い」をつくる農家が多くあります。これから全国の皆様に、どんどんご紹介していきたいです。

「社長と専務では責任がぜんぜん違う…」

- 鈴木様が三代目として会社を継ぐことを意識するようになったのはいつ頃からですか。

物心ついたときには、親戚など周囲の大人に「将来は孝明君が福島糧穀を継ぐんだからね」と言われていました。とはいえそんな先の話に現実感など持てず、小学校の頃は「将来は西城秀樹みたいになる!」と他愛ないことを言っていました。

高校ではサッカーに熱中し、社会に出てからは、東京で営業の仕事もしました。歩合給で、そこそこ稼げていましたよ。ただ22、3歳の頃、「そろそろかな、帰って事業を継いだ方がいいのかな」と思い始め、父にもそれとなくそういう話をし始めました。

するとある日、父が、アパートの前に4トン・トラックに乗りつけてきた。これはつまり、「すぐ引っ越しだ。荷物を載せてこのままいわきに帰るぞ」という意味でした。観念して実家に戻り、福島糧穀に入社しました。

会社では現場仕事から始めました。それこそ米や灯油をかついでアパートの3階まで駆け上がったり、なんでもやりました。30歳で専務となり、経営や企画に関わりはじめました。地元の中小企業家同友会に入ったのもその頃です。先輩経営者や、同世代の後継経営者の話を聞けば、おぼろげにでも経営が見えてくるのでは、と期待しました。

しかし2011年に東日本大震災が起き、ここ、いわきも大きな被害を受けました。弊社は、社屋への被害は軽微でしたが、本業の米の卸が大きく落ち込みました。

その後の処理が延々と続く中、2017年、47歳で三代目社長に就任しました。就任後は、ネット販売をさらに強化するなど企画面を強化しました。 というのも、東日本大震災の後、福島の米は一時、店頭に並ばなくなりました。一方で「福島の米がほしい」というネット検索の動きが始まっていたのです。

ただ、実際に社長になってみて痛感したのは、「企画だけじゃダメだ。社長と専務では責任がぜんぜんちがう…」ということでした。

「これって『どんぶり勘定』なのでは…」

- どのように違っていたのでしょうか。

いろいろありますが、やはり一番は「お金のことはすべて社長の責任」ということでした。

米の卸はなかなか特殊な世界です。仕入れは年に一回、米が取れる秋口だけです。ここでドーンと仕入れて在庫を積み上げ、農家さんに代金を支払って、それから次の秋まで少しずつ出荷していく。つまり秋口にお金が一気に出て、入金はその後コツコツ、という流れです。

さらに米には相場があって値段が大きく変動する。店頭での販売価格はほぼ一定なので、消費者には見えづらいのですが、卸市場では、結構な幅で値段が乱高下します。時には仕入れ値を下回るほど下がることもあるのです。この相場は、株式と同じで、そうそう読めるものではない(だから江戸時代には米の先物取引がありました)。

「会社の数字を正しく知りたい…」

このような業態では、いま会社に利益が出ているのかどうか、読み解くのがとても難しい。父は、その辺を割り切って「売上さえ上がってれば、まあ何とかなる」「10年に1回、儲かればそれでいい」など言っていました。最初は「何を言ってるやら」と思いましたが、社長になると「なるほど、そうでも思わないとやってられないな」と理解できました。

しかし、自分の代ではそうはいかないなと思いました。というのも、今や米の卸は「売り上げは全てをいやす」といえるほど、よく売れる業態ではないからです。ならばなおさら自分の会社の利益状況を、常に正しく知っている必要がある。

従来は、毎年、決算の2か月前にやっとわかる、という状態でした。そんなギリギリに分かっても、正直、打ち手はもうない。そして次の期に入り、またハッキリしない、モヤモヤした日々が続く…毎年、その繰り返しでした。

税理士に頼んで、期の途中で試算表を作ってもらったりもしました。しかし、それを見ても、いちばん知りたい「いまウチは利益が出ているのかどうか?」「今期、どのあたりに着地できるのか」はとうてい直感的に理解できませんでした。

会計の本を買って読んでみたりもしました。がんばって読めば、まあ、言いたいことはわかる。でも結局すべては、その本に出ている架空の会社の、架空の数字の話です。それをコメ卸の業態に置き換えるのは、自分ひとりではやはり無理でした。

そして舘野のセミナーに出会う

結局、会社の数字はわからないままです。この状態ってなんだろう? これ、って「どんぶり勘定」じゃないか、このままではいけない、何とかしなければ、そんな思いがつのっていました。 そんなある日、facebook広告を通じて、舘野先生のセミナーのことを知りました。

「同族企業向け」という言葉を見て、これは自分に関係ある話だ、と思うました。早速セミナーに申しこみ、会場で舘野先生の話を実際に聞いて、実感はさらに深まりました。話が具体的で真に迫っている。その迫力は、多くの企業の実際の財務に関わっているからだ、と感じました。

これはセミナーだけでお終わらせず、指導を受けながら、実地で取り組んだ方いい。そうすれば今のモヤモヤが解消できる、そう考えて、グループコンサルティングに参加することにしました。

「舘野先生は、言うことにいつも『根拠』があります」

- グループコンサルティングはいかがでしたか。

私には非常に性に合っていました。関西の鉄鋼会社、北陸の自動車会社、そして米卸の私、この異業種3人が集まって、自分の会社の数字を材料にコンサルティングを受けました。単純に「みんながんばってるな~」と思いました。「だったら自分も」と励みになりました。

そして「自社の数字を使って学べる」のが良かった。一般の本やセミナーは、どんなに分かりやすくても結局は、「モデルケース」の話です。最初はわかった気になっても、いざ、自社の数字に落とし込むとなると、できなくなります。

その点、最初から自社の数字、決算書を使って学ぶのは、「脱どんぶり勘定」のための、もっとも効率的、最短距離の方法でした。「根拠ある、納得感の高い資金繰り表」を作れたのも良かった。自社の状況が数字でつかめれば、やはり気持ちの余裕がちがいます。

状態が悪い時でも、早めに分かれば、早めに打ち手が出せます。自社の数字に対し、一気に視界が晴れた思いです。舘野先生は言うことが常に的確、的を得ています。

本にあるような抽象的な言い方でなく、具体的で心に迫ってくる。これは、多くの会社の現場の数字を見て改善に取り組んできた、その実績によるのだと思います。

適度にスパルタなのも良いですよね。社長なんてものになってしまうと、もう周りの誰も厳しいことを言ってくれなくなります。しかし、このグループコンサルの場では、舘野先生からも厳しいコメントがある。しかも、その厳しさは、単なる精神論ではなく、「自社の数字」という逃れようのない現実が根拠になっている。いい意味で厳しく接してもらえる環境です。

先輩ユーザーからのアドバイス

- 現在、舘野のコンサルティングを受けることを検討している経営者に向けて、先に経験した立場からのアドバイスなどあればお聞かせください。

すなおに、まじめに取り組むことが重要だと思います。宿題も出ます。最初はきつく感じるかもしれない。それでもまじめに取り組んでください。コンサルの成果は、「コンサルタントの力と受講する人の力の掛け算 」という話を聞いたことがありますが、実際受講して本当にそうだと実感しています。

すなおに受けとめ、取り組めば、会社の数字は必ず変わる。これが私が経験したことです。