ユメリアコンサルティングをお薦めします!
実際にコンサルティングを受けられた同族社長さん方による「ユメリアコンサルティング株式会社 舘野愛」の評判・評価・感想などをご紹介しています。
次は、あなたが「ダイヤモンド財務」で事業永続のカギを手に入れる番です!
西村 正司 社長 (株式会社 西村交益社、兵庫県)
株式会社 西村交益社 代表取締役 西村 正司氏にユメリアコンサルティングのダイヤモンド財務®コンサルティングを導入した経緯とその効果について詳しくお聞きしました。
株式会社 西村交益社について
西村交益社は兵庫県 養父(やぶ)市で葬祭業を展開している企業です。1961年創業、従業員数11名(パート含む)。市内に葬祭会館3棟を保有。
※この事例に記述した数字・事実はすべて、事例取材当時に発表されていた事実に基づきます。数字の一部は概数、およその数で記述しています。
あと3年で社長業を引退。
- 西村交益社の現況と将来について教えてください。
西村交益社は兵庫県の山間部、人口2万人の小都市、養父(やぶ)市で葬祭業を展開している会社です。昭和36年に父が創業して私は二代目です。
私はいま64歳ですが、あと3年で社長業を引退すると決めています。舘野先生にコンサルティングを受けたのも、事業承継の準備のためです。なお事業は子供に継がせません。息子3人は、すでに葬祭とは別の分野で就職しており、それぞれ自分の生活を確立しています。
西村交益社はもともと両親が二人で切り回していた「家業」に近いものでした。私は一人息子だったので、将来は家業は継ぐものと小さい頃から漠然と思っていました。ただ正直、積極的に事業を継ぎたかったわけでもなく、そういうものだと半ばあきらめに近い気持ちでした。
大学を出て、京都の葬祭会社に一年間、丁稚奉公して仕事の基礎を学び、その後、西村交益社に入りましたが、最初は仕事をこなしていただけで、本当の意味で仕事への納得感、腹落ちを得たのは、入社して約20年後、45歳になってからでした。
最初は自分の仕事に納得感が持てなかった
- 何がきっかけで腹落ちしたのでしょうか?
地域向けにニュースレターを出し始めてからです。過去に弊社で葬祭をお手伝いしたご家庭に向け、葬祭への自分の思いを「有縁千里」と題してつづり、2000通を配布しました。
最初はほとんど反響もなく落胆しましたが、2号、3号と続けるうちに「西村さんの仕事への思いが伝わった」など良い声がいただけるようになり、次第に「自分はこの仕事でやっていくんだ」という決意が芽生えました。
30年前、1997年に二階建ての倉庫を建てました。当初は一階に霊柩車、二階に葬祭道具をしまう単なる倉庫の予定でしたが、当時、社長だった父から「三階建てにして葬祭もできるようにしろ、これからはこの町でも会館で葬儀をおこなうようになる」と言われました。
農家の多い養父市では当時、葬祭は自分の家でおこなうのが当たり前だったので、最初は父の言葉を疑いましたが、社長指示なので従いました。建築費用は、当時の年商の二倍に膨れました。
ただ、結局は、父の読みは正しく、この町でも会館葬が一般化しました。借り入れをして葬祭会館を作ったのは正解だったのです。とはいえもともとが倉庫想定だったので、葬祭での使い勝手は良くなく、そこで2007年、あらためて土地を入手し2つめの会館を建て、さらに2014年には3つめの会館を建てました。この時点で、計3つの不動産を所有することになり、今に至っています。
事業承継への子供たちの反応
- 今回、社長業を引退するにあたり「事業は子供には継がせない」と決めたのはなぜですか?
子供には自分の生きる道を自分で決めてほしいと思ったからです。
ただ長男は大学を卒業するとき「継がなくていいのか?」と聞いてきましたが、私は「気を遣わなくていいよ」と答えました。三兄弟の反応はおもしろかったですね。長男は、葬祭という仕事に興味はあるが、経営には興味はないと言い、次男は逆に経営には興味があるが葬祭は興味ないという。そして三男は、そういうのは兄ちゃんたちの仕事やと、最初から我関せずでした(笑)。
会社を息子に継がせないなら、では誰が事業を継承するのか?詳細は伏せますが、すでに大きな方針は決まっています。そして誰にどう継いでもらうにせよ、それには、まず「潰れない会社」にする必要がある。
誰だってバトンタッチするなら、安心して引き継げる強い会社がいいに決まっている。そのためには、会社の財務をもっと強くしたい。特に「資産」の部分、特に3つの葬祭会館、不動産のあり方を「キレイに」する必要がある。これは以前から考えていたことでした。
そんな時、舘野先生のことを知りました。中小企業向けのしっかりした財務コンサルティングは少なかったので、受講することを決めました。
それからは「事業承継のための準備」を舘野先生の指導のもと着々と進めていきました。
不動産管理のために別会社を設立
- 具体的にどんな準備を進めたのでしょうか?
例えば、「不動産管理会社の設立」「根抵当を外す」「会社の無収入寿命を3年に延ばす」ということだったり、最近では、引退後を見据えた資産設計戦略や退職金戦略など、様々な角度から準備を進めています。
まず「不動産管理会社の設立」。これは「葬祭会館という不動産を所有・管理する会社」をもう一つ新設し、「不動産所有・管理」と「葬祭の実行」を2社に分離するということです。
従来は、西村交益社が金融機関から融資を受けて会館を建て、それを資産として所有し、そこで葬祭をおこなうというあり方でした。 今後は西村交益社が、不動産を保有する新会社に対し、会館の使用料、家賃を支払って、葬祭をおこなうことになります。
さらに、その2社の株式を保有・管理する「持株会社」も新設しました。つまり現在、私のもとに3つの会社があることになります。
詳細は複雑になるので割愛しますが、こういう形にすれば、従来の西村交益社 1社がすべてを一緒くたに抱えている状態に比べ、それぞれの事業・資産が整理され、次世代への継承が格段にスムーズになるのです。
不動産から根抵当を外す
- 「根抵当を外す」とは具体的には?
会館(不動産)の建設で、融資を受けた時、その不動産には、金融機関の根抵当がつきましたが、これを外すことに成功しました。この話は、金融機関から相当驚かれました。
「根抵当がある方が今後も融資が受けやすい、外すとなると手続きだけで100万円近くかかる。やめた方がいいよ」と必死に引き止められました。
そこで金融機関には、すでに不動産と葬祭運営で会社を分け、さらに持ち株会社もつくると決めたこと、これらの動きは全て私の引退後も事業を継続させ、雇用を守り、地域社会に貢献していくためであることなど訥々(とつとつ)と説明しました。
最後は、「これは私の経営者としての矜持です」と言い切り、めでたく根抵当を外すことができました。
無収入寿命を3年に伸ばす
- 「無収入寿命を3年以伸ばした」とは。
舘野先生に「会社の無収入寿命」という考え方を習いました。無収入寿命とは、もし売上がゼロになっても、人件費など固定費の支払いと、借り入れの返済はつづけられる期間のことです。
舘野先生からは「売上を増やすことよりも、潰れない会社にすることの方が重要です」と言われました。つまり、本当の意味で従業員の幸せや地域の方々への貢献を考えると、覇道でなく、王道を歩むべきだと。
それを念頭に、集客増や経費などを含めた経営戦略を財務の視点から全て見直して最適化し、ついには、実質無借金経営となりました。今も、無収入寿命は、30カ月~36か月の間で安定しています。
なお、葬祭業は、その業態上、売上がゼロになることはまずありません。とはいえ、季節変動的な不安定な部分もあり、月によっては売上半減ぐらいになることもあります。
社員には、売上の増減に一喜一憂する必要はないということを理解してもらうために、「実際の無収入寿命は、まあ60カ月、5年はあるよ」と言っています。
金融機関にも税理士にもできないこと
ここまでを振り返っての舘野への評価をお聞かせください。
今回、舘野先生のコンサルティング、アドバイスを受けられたのは幸運でした。おかげで会社の円滑継承の目処が立ちました。
以前の私は、売上至上主義。とにかく売上が多ければ多いほどいいという考え方でした。しかし、会社を継承するとは、会社の「資産」も継承することなので、売上や利益よりも、むしろBS(貸借対照表・バランスシート)の方が重要になります。
ただ、(貸借対照表・バランスシート)というのは、売上を伸ばす、利益を上げる、会館の稼働率を上げるという話に比べ、何をどうしたらいいのか、どの方向に進むべきか、最初のとっかかりさえ簡単にはわからないものです。
ちなみに、昔の私は、売上と同じで資産も多い方がいいのかなと思っていました。しかし、これは、逆で、舘野先生の指導はむしろ資産を筋肉質にする、ブヨブヨは悪、という方向性でした。
会社の収益向上、継承への道筋づくり、退職金や社長個人の資産形成などオーナー社長のためのお金に関わる総合的な戦略指導、ここまでできる人はそうそういないと思います。地元の税理士や金融機関だけではとうてい無理で、舘野先生ならではのことです。
同じような課題を抱えている経営者には、ぜひおすすめいたします!
<舘野’s VOICE>
西村社長のお話を伺いながら、経営者としての「覚悟」と「誠実さ」に心から感銘を受けました。特に印象的だったのは、「あとを継ぐ人のために、まず潰れない会社にする」というお考えです。
売上至上主義ではなく、会社の根幹を支える財務体質を鍛え抜き、根抵当を外し、無収入寿命を3年へと伸ばし、実質無借金経営を実現された。その一つひとつの判断には、地域と社員を守るという強い信念が宿っていました。
また、「子どもたちには自分の道を歩ませたい」と語られる姿にも、一人の父としての温かさと、経営者としての清々しい覚悟を感じました。
誰かに誇示することなく、静かに、しかし確かに“次の世代へ渡すべきもの”を形にしてこられた西村社長。その生き方こそ、私が目指す「ダイヤモンド財務®」の真の体現者だと感じています。これからも、地域の灯を守り続けるそのお姿を、心から尊敬とともに応援しております。(記:舘野愛)
- 取材日時 2025年10月
- 取材制作 カスタマワイズ